年の瀬のドヤ街

ラザロさんにも良い人がいっぱいいるのに、なぜラザロさんになってしまったのでしょうか。周りには、豊かな人がいっぱいいるのに、なぜみんな素通りしてしまうんでしょうか。食べ物や飲み物、服や毛布を配って、少し楽になったでしょうか。少しでも楽になったらうれしいです。

戸村 佳 小5


29日に、家族で横浜へ、ラザロさんに生活用品やパンや温かい飲み物を届けに行ってきました。

横浜では、風邪を引いて寒そうにしているラザロさんや、ゴミをつついているラザロさん、4人でお金を出しあって協力して生活しているラザロさんなど、たくさんのラザロさんに出会いました。そして、その人たちに毛布や上着、生活用品のセットなどを手渡すと「ありがとう」と喜んでくださいました。

声をかけるときや手渡すときには少し緊張したけど、喜んでもらったときはうれしかったし、配りきれたときはほっとしました。

配った品は、愛の樹に寄せていただいた献金で買ったと聞き、みなさんが働いて、ラザロさんたちのためにと出したお金で買ったものを、最終的に私たちが直接ラザロさんに届けるんだということに責任を感じました。

私も大人になったら、みなさんのように、自分が稼いだお金で献金したいです。

また、今回横浜に行ったことで考えさせられたのは、単純にいうと、なぜここまで生活に差がでるんだろうということです。

関内駅の、華やかで、うるさいくらいカッコいい音楽が鳴り響いているショッピングモールの集団から、ほんの数百メートル行った所には、夜を過ごす家がない人たちが何人もいるんです。

みんなオシャレして、笑いながら歩いている道のすぐ脇には、お風呂に入れていない人たちがいるんです。この差はなんだろう。なんでこうなってしまうんだろう。

足して2で割りたい。でも、こんなきれいごと言ってる私はどっちだろう。

去年、学校の遠足で来たときは、友だちとワイワイさわいで、ラザロさんのことは考えることができなかった私は、なんというか、ラザロさんの反対側にいました。

だけど、今回、ラザロさんに渡すという役割をもって横浜にもう一度行った私は、ほんの一部に過ぎないけれど、ほんとに少しだけど、ラザロさんの側(?)に行けたんじゃないかなと思っています。

この気持ちは忘れずに、また、なぜ隣り合った場所でこんなにも違うのかという疑問も忘れずにこれから生きていきたいと思います。

最後にもう一つ。

これから配ろうと歩き出した時です。父の携帯が鳴ったので誰からだろうと思ったら、おしょちからのエールのお電話でした。すごいタイミングでした。

そして第一段配り終えて、家族で車に乗り込み、ちょっとほっとしていたときです、私の携帯が鳴りました、おしょちからの「皆でありがとう」というメールだったのです。本当にびっくりでした。

父や母は何度か体験したことがあり、これがおしょちのお祈りパワーだと話してくれました。おしょちがお祈りしてくださっていることをすごく実感した出来事でした。

戸村 愛 中3

感想へのコメント

あいちゃんけいちゃんの感想を読ませて戴き感動いたしました。
随分お会いしてないうちにしっかり成長され、安心ですね。
このお正月ご挨拶状失礼させていただきました。
今年は皆さまにとりまして良いお年でありますように。

K

おしょち様

こんばんは
戸村愛さん、佳さんの感想をどうもありがとうございました。私も子どもの頃、裕福な人と貧しい人の生活が足して2で割れないのか疑問でした。

今もパートの帰りに新宿駅の沢山の通行人は何故ホームレスの方々に友人にご馳走する気持ちで少しでもカンパ出来ないのかと思う事があります。

昨日、新宿駅で僅かなカンパに大きな声でありがとうとお礼を言ってくださった背の曲がったお年寄りの手はとても冷たかったです。

社会は冷たいのに、反社会的な行動はとらず、誰も恨まないで、黙々と生きているホームレスの方々は日本人の鏡だと思います。私は最近ホームレスの方々にカンパする時、自分が救われている気持ちがすることに気がつきました。そんな私を観察している女のホームレスの方もいらっしゃいます。

愛さんや佳さんがホームレスの方々を助けてくださってとても嬉しいです。

本年は大変お世話になりました。来年もよろしくお願い申し上げます。

OM