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神はわたしたちに力を与えて、新しい契約に仕える者とされたのである。それは、文字に仕える者ではなく、霊に仕える者である。文字は人を殺し、霊は人を生かす。

コリント人への第2の手紙第3章6節


つい先日、私は天界の不思議な夢を視た。

すべてが 〈神の慈愛〉 の中に包まれていて、生命の一つ一つが大切にされていた。
〈天語、いのちの言葉〉 には、優しい愛の響きがあった。
 
ひとりの天使が親しみをこめて近づいてきた。
「あなたはこれからわたしと共に旅に出ます。それは、すでにあなたがご存知のはずです。全ては主のご愛のプログラムに従っています。
あなたの生命に関わる事柄について、私はその必要な分だけ、主からご命令を受け、知らされています。旅のお供をするのが、わたしの大切な役目です。生死に関わることは主のみ心次第です。」

私 「昨年の暮れ、病いに倒れてのち、よく今まで生かしてくださいました。私自身、もう駄目だと思ったことが度々でした。
今も、こうしていられるのは奇跡だと思います。この生命、不思議に与えられました。〈献体〉の登録も済ませてあります。」

天使 「地上界で、あなた方の必要としているものの全ては、天上界では無用のもの、何の価値もありません。」

天使との会話はまだ続くのだが、この 「夢か、うつつか幻か」、まことに不思議としか言いようのない出来事の中に身をおいて、一体、天使はこれから何を告げようとしているのか。
天使がはじめに語った言葉、『愛語』 (霊の言葉→生命そのものの響き→真理を伝えるいのちの言葉とでもいおうか?)「それは、すでにあなたがご存じのはず」
が心に引っ掛かっていた。

天使 「あなたは今までずい分、自分自身に無理を強いてきました。そのためにいたずらに身を損ねています。それは不自然です。
本物の愛に出会えば、そこに確信が生まれます。そうです。無理はいけません。この天界は自然そのものです。自然に愛さずにはいられなくなる。この愛を捜しあてれば、自然に力が湧いてきます。それは、生ある者すべてに無上の『幸福・愛』 そのものなのです。
すべての『行為に愛に』 燃える力となり、より大きな愛への道が開かれているのです。

このいのちを受け、『発奮』して死を恐れず愛に殉じた 『聖者』 を、あなたもご存知のはず。
聖霊に満たされて石打ちされながら、『主イエスよ、私の霊をお受け下さい』 『主よ、どうぞ、この罪を彼らに負わせないで下さい』 と、祈りつつ、地上生活を終え、この天界に来た“聖ステパノ”。
彼は今、主のみそば近くにお仕えし、愛の衣に身を包み、幸福そのものです。
 
彼の殉教は、後の多くの人々に勇気と力を与えています。
アリの街の “ゼノ神父”、あのアウシュビッツの暗い死の部屋で、若き友の身代わりに死んでいった “コルベ神父” もここで幸福に暮しています。
この人々も地上界では、心の底から、主を愛し、その愛ゆえ苦しみつつ、愛を捜し求めていたのです。
 
これから、あなたが行く道は、あなたが主からいただいた生命、つまり、『蘇りの生命』の証しの道です。この道は極めて困難な道です。それは,無理解、非難、不信など絶えず困難がつきまとう道です。キリストを宣べ伝える困難が、一層つきまとうでしょう。でも、一度は死んだ身、あなたはこの道を進まなければなりません。そのために傷つくあなたの介護と守護がわたしの役目なのです。」

全身に愛を現わし、あくまで謙遜そのものの天使は、強い確信に満ちて私を励まし、力づけようとしてくれた。
少しずつ、私の心にゆとりが生じ、恐れが消えていった。永い間、求め続けていた私の道がそこにある。
深い祈りと愛の実践 『神、共に在まし、祈りがわたしと共に在る』。

天使はさらに続けて言った。「あなたが一人で歩いて来た道、孤独の道。これから、共に歩いて行く道は以前とは違います。
あなたは、主に守られている。その行く先々に真理と愛の道しるべが導いてくれます。
迷わず目的地に行きつけます。なぜなら、主がお示し下さった道なのですから。
 
それから、大切なこと。あなたの生命を損なおうとする者のためにわたしは戦います。
わたしの別名は “愛の戦士” です。ですから、どうぞあなたの為すべきことを、全身全霊をもって果たして下さい。
今、その生命があなたに臨んでいるのですから。」
オショチ

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