生命ふたたび(8)

─ある頸椎症患者の記録─

−回想(2)Mちゃんの恩返し−

もうひとつ、不思議な出来事がある。私は当時、横浜の綱島で、小さな子供たちを集めて日曜学校を開いていた。その中に、Mちゃんというかわいい女の子がいた。4歳だった。私が彼女に再会したのは、それから17年後であった。それまで音信不通の彼女が、ひょっこり教会に私を訪ねて来た。

Mちゃんは、私が胸にかけていた十字架に目をやると、どうしてもそれがほしいとおねだりした。Mちゃんの首に私の十字架をかけてやると、満面に喜びをたたえて「ありがとう、おしょうさん」と礼を述べ帰っていった。それから間もなくのことである。自宅近くのマンションの三階から彼女は飛び降り、重症だという知らせを母親から受けた。びっくりして病院に飛んでいった。

教会の弟子を連れて行き、朝方まで待合室で彼女の回復を祈り続けた。それから何日かたって、また病室に来て欲しいと言う連絡があった。母親とMちゃんが私を待っていた。彼女は「おしょうさん、私は洗礼を受けたい」と言い出した。母親も同意した。私はMちゃんにはっきり言った。「もう二度とこういうことはしない、と約束するなら、洗礼式をしましょう」。彼女は「はい!もう絶対に自殺はしません」と誓いを立ててくれた。

弟子立会いの、小さな5人だけの洗礼式となった。場所は横浜労災病院の上階の個室であった。受洗日は1998年(平成10年)3月4日(水)午後である。それまで彼女は、キリスト教の新興宗教の○○教の熱心な信者であったという。いろんな宗教に首を突っ込んでいたらしい。母親が「この子のために随分出費がある」とこぼしていた。わけもなく得体の知れない診療所に行き、治療を受けて帰ってきて、カウンセラーの指導料が一回につき数万円だという。

日を追うにしたがって彼女は回復し、ようやく普通の明るい娘になってきた。集会に来ては、カレーライスやカマンベールチーズがおいしいと言って、目を輝かせていた。

ある日、暗い顔をして彼女が集会に来た。聞くと、今朝母親と言い争いをしたという。精神科のドクターから薬を飲め飲めと言われた。薬の服用がつらいのに、母親がドクターの言いつけ通り、「私のつらさにおかまいなく薬を飲ませるので苦しい」と訴えた。トイレか洗面所で薬を吐き出しているところを母親に見つかり、いっそう監視の目が厳しくなったと涙をこぼした。その時うかつにも、私たちは彼女の本当のつらさを見逃していた。

(つづく)

「生命ふたたび」 2003年6月1日 発行 より

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