生命ふたたび(4)

─ある頸椎症患者の記録─

私にとって今回の手術は、思いこみもあるが、大手術だと考えていた。だが翌朝、私自身、自分でも目を見張るような奇跡を体験した。

手術を受けたのが4月10日(木)の午後1時から7時半近くまで、それから一晩ICU(回復室)にいて、自室に戻るための処置を受け、試しに水を飲んで異常がないことが確かめられると、翌朝には車椅子で201号の自室に戻された。ナースの方が居なくなって、私はそろりとベッドから起き上がり、段差のある部屋の中のトイレに入ってみた。オシッコをした。激痛が走って、真っ赤な血の塊が出てきた。

それからそっと廊下に出てみた。まず、すぐ近くにあるティー・コーナーに向かった。距離にして約10メートルか。窓の外に、まぶしいほどの木々の若葉が、目に飛びこんできた。それから手すり伝いに、廊下を少しずつ歩いてみた。首の右側の傷口に、大きな絆創膏が貼ってある。保護のために、首にウレタン製の青いソフトカラーが巻いてある。3メートル位先しか下を見られないが、手すりと廊下の床の高さを、勘を頼りに歩いた。

昨夜、私がすべりこんだ手術室の前まで来て、あの電光標示板を見つめていた。ゆっくり歩いていると、「まあ、びっくり!」と若いナースの方に声をかけられた。「無理しないでくださいね」。

私がふと道孝君のことを…その痛みが、伝わったのは、その声を聞いた瞬間である(後で、私たちが取り交わしたメールの記録をお知らせしたいと思います)。

彼から来た私の携帯電話のメールの中に、「えっ、まさか! これは奇跡です」という驚きの言葉が綴られていた。第一、私自身が、あの大手術の直後に歩行可能だとは、夢にも考えていなかったのである。

注意しなければならない私自身の大切な役目を、岡院長先生から伝えられた。

「転ばないこと」。転んだら、私にとって少し大げさな言い方をすれば、一巻の終わりである。はめこんだばかりのボルトが、転んだショックで外れて、喉に突き刺さったら、そう思うと足がすくんでしまった。しかし、慣れとはすごいものである。日が経つうちに、その恐怖心はだんだん薄れてしまった。が、人が近づくと急に怖くなったりした。

もう一度、改めて思うことがある。驚異的な高度な外科医術の進歩。そして、その技術を裏付けてくださる外科医の存在がなければ、医療行為がなければ、私の現在は悲惨な結果になっていたはずである。

長時間に渡る手術、それには慎重な計画、緻密なメスの使い方、精神の集中力、体力、外科医の技量、濃密な人間性、全てが総動員される。私が経験した生々しい「奇跡」には、深い深い先生たちの「人格の裏付け」があればこそであった。

(つづく)

「生命ふたたび」2003年6月1日発行より抜粋

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