孤高の伝道者(2)−

6歳から12歳までの間の空白を聞くことができました。先生は無賃乗車をして大阪まで行ったのです。

警察に保護された幼い少年の身元引受人は、桃谷順天堂の社長さんでした。教育の機会に恵まれぬ少年は、そこで初めて学ぶ機会を与えられたのです。生涯忘れられない恩人。「桃谷先生」と吉冨先生は事あるごとに話してくれました。

先生の学歴は小学校卒でしたが、これで十分役に立つ!と言われていました。事実、驚くほどの博識と、教養を身に付けていました。達筆でした。

吉冨先生は人様から受けた恩のすべてを、信仰者らしく神を通して形を変えて人々に返していきました。

鹿児島県肝属郡串良町の消防団長、玉木さん。(私は直接、ご主人と面識はありませんが)奥さんの玉木シツ子さんから、ご主人の回心のエピソードを聞きました。信仰の証のハーモニカを形見に譲り受けました。60年はたっている代物だと思います。私は今でもそれを大切にしています。小さな集会の時、神への感謝が込み上げてきた時、60年前のハーモニカで讃美歌を吹奏します。

ハーモニカのいわれはこうです。

町一番の頑固者、決して神を信じない男と言われた玉木シツ子さんのご主人、玉木消防団長は、先生の真心に打たれ吉冨先生から、洗礼を受けます。神に生涯を捧げ決心をしました。

町の人々が驚きました。無神論者のあの頑固オヤジが教会堂を建てた。牧師のいない教会です。神を信じる信者たちの祈りの結晶でした。ハーモニカは讃美歌の吹奏に買い求めたと言うことでした。思いがけない頂き物になりました。吉冨先生の心の奥底には、人間の常識を超えた超在的な力が働いているとしか思えませんでした。

九州伝道の折り、当時、吉冨先生が住んでおられた佐賀県鳥栖市の村の外れの小さな藁葺きの一軒家を訪ねたことがあります。

冬の寒い夜でした。しんしんと凍りつく夜、一軒家にポツンと灯がともり、部屋の中に入って行くと、裸電球の下で、囲炉裏の前で聖書を読んでいる吉冨先生の姿を目にしました。

土間付きの一部屋、土間の奥に内井戸と小さな炊事場があり、お椀が2個、目につきました。私が来たのも気が付かないようで、最初は聖書を読んでいると思ったのですが、眠っておられたのです。その肩に黒い毛皮が見えます。何だろうと?近寄ってみると、猫が吉冨先生の首を温めていたのです。

やがて目が覚めた吉冨先生は「いつ来られたとですか?」と、少し恥ずかしそうに語りかけてくれました。

「このエリマキ猫ちゃんはどうしてこう上手に吉冨先生の首に巻きついているのでしょう?」と聞くと、

「小さな捨て猫だったこの子が私の家族ですたい。この子なりに何か恩返しがしたくて、寒い夜はいつの間にか肩に乗って私の首を温めてくれる猫湯たんぽですたい。」

猫ちゃんの顔を見ると私を全く気にしない様子でそのままの姿勢を保ち続けていました。一事が万事、このような有り様ですから、平凡な人間にはとても真似の出来ないことだとつくづく思いました。

「これからどこへ行きなさる?」

私は「当てがありません」と答えました。

「ほんじゃぁ、わしも一緒に連れて行ってくれませんかのう?」

「先生、この猫ちゃんはどうします?」

「この子は自分で生きる知恵を身につけておるけん、心配はいらんですたい。」

それから当てのない九州への伝道の旅が始まります。

続きます。

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