聖書には「すなわち、神はすべての人をあわれむために、すべての人を不従順の中に閉じこめたのである。ああ深いかな、神の知恵と知識との富は。そのさばきは窮めがたく、その道は測りがたい。『だれが、主の心を知っていたか。だれが、主の計画にあずかったか。また、だれが、まず主に与えて、その報いを受けるであろうか』。万物は、神からいで、神によって成り、神に帰するのである。栄光がとこしえに神にあるように、アーメン。」

(ローマ人への手紙11章32〜36)

ところがである。私はこのみことばを前段の「神は愛する者を不従順の中に」の意味に置き換えた時、深淵な響きとなって、私の魂にスポンとはまり込んできた。この一言が建築家から、聖職者転身へのターニング・ポイントになったのである。

私自身の罪、不従順の中に閉じ込められた結果、私は猛烈に神にプロテストし続けた。

その結果、導き出された人生の行き着く先が、神への献身と人々に仕える事であった。これが、私の人生の思いがけない結論であった。神に無条件降伏し、キリストに投げ身した。何もなかった。だから私は強められた。

その間、私の落ち度もあり、辛いことも経験し、生木のように裂かれた。それからの私は、私自身の弱さを逆手にとって、自分の人生に立ち向かうことになった。何も失うものがないから強い。

今さらながら、持たざる者の本当の強さ、いや、むしろ凄味と言ってよいものを、私は充分に知っている。私は神に遠慮せず何でもおねだりする。

「神様、天のお父様、イエス様、こうこうして下さい。あなたのみことばの通り、人々のためにこれこれを、かくかくしかじか使い果たしましたから補充して下さい」と祈る。

すると無尽蔵の天の倉が開いて、そこから天の富が与えられてくる。天の倉の鍵は、人の心をも開く愛の鍵である。これを私は「愛の奇跡」と呼ぶことにしている。

その秘密を知った事と、その実体験に一歩踏み込んだ時に、初めて人間のこざかしい思いこみや、ちっぽけな何か知識的な理屈の○○信仰などに、目の色かえてウロウロする必要がなくなった。「不立文字の実証」である。文字は人を殺し、霊は人を活かす。

すべては広大無辺とみえる天に信を寄せ、呼ばわる時、天はオイと応えてくれる。そこから力が来た。私はこれを、奇跡の信仰(信心)と呼ぶ。その裏付けがあって、無一物にみえた私たちに天の力が働いた。

「フィリピン・クリオン島を助ける愛の会の力の源泉はこうして与えられたのである」

支援母体、神奈川エクレシア・イエス・キリストの家の信仰の原点ともなっている。

余談だが、あのフィリピンのラモス大頭領は、私たちのシスター・チャーチ、UCCP(フィリピン・キリスト合同教会)の信者であり、信仰の同志、エリエゼール・M・パスクア主教の教団のメンバーである。

いずれ「愛の奇跡の物語」を直接お伝えするチャンスがあるかも知れない。このようにして、一つの小さな出会いが次々に広がりを見せ、良い実を結んでゆく。

小さなハンセン病の島に灯された福音の愛の灯は、また、この北の国の最果てにも、同じ愛の灯をあかあかと灯す日も近いに違いない。

(つづく)

「心の旅路」より抜粋

オショチ†

*添付写真

サツマイモの葉っぱを買い付け商いをしながら両親に棄てられた孫二人を育てたテベス夫人と孫のラニーとベノス

*ビョン島の愛の樹幼稚園(椰子の葉っぱで出来た小さな小屋)に小舟で通う子ども達

*別れを惜しむクリオン島の子供達

*ランプの明かりで勉強する、ラニーとベノス

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