−アイの受難−

すでに町田を出て、アイン号は2000km以上走っていた。車の激しい振動と連日のハードスケジュール、環境の変化から、少しずつアイの体調に心配していた悪い兆候が出始めていた。二人共、薄汚れて少々くさい。それはまあ我慢出来るとして、アイはどうも食欲もないし元気がなく、ぐったりしている。それが心配だ。

2、3時間走っては、オシッコをさせ、水を飲ませ、ストレス解消に気を使ってきたが、もう限界らしい。気になりつつも、その間にもトラクトを民家や、小、中学校に配ってまわった。

この小さくて優しくて、物言わぬ愛すべきパートナーの事がひどく気にかかる。連れて来るんではなかったと後悔したが、今はそれどころではない。

アイは黒いつぶらな瞳で時折じっと私を見つめるだけで何も言わない。

「どこが辛いの?……」

何か物言いたげに目をしばたかせて訴えてくる。彼女なりに一生懸命何か耐えているように感ぜられて、不憫でならない。思わず抱きすくめて頬ずりをした。

「ゴメンネ。アイの事、決して忘れたわけじゃないけれど、つい自分の事ばかり考えて。この仕事、伝道も大切だけれど、アイはもっと大切だよ」

と、話しかけた。アイは相変わらず、唯黙って私を見つめている。

かえって私の事を気づかってくれているのかもしれない。

「これから少しペースを落としてアイにあわせるから、早く元気になってね」

祈りながら走り続けた。稚内がとても遠く遠く感ぜられた。途中で休み、丸一日かかってようやく稚内に入った。

アイの容体が急変したのはそれから間もなくだった。口から白いアワを吹いて、体全体がこきざみにけいれんしている。スタンドに飛び込んでタオルを水でぬらし、口元を拭いて、体を冷やした。何とかしなければ。心が焦った。アイの病院を必死になって探した。

登り坂の橋にさしかかった時、ちらっと○○動物病院の看板が目にとびこんできた。「助かった!」100mばかり行き過ぎたが、アイン号を急いでそのまま急バックさせ、病院に飛び込んだ。国道の横道からそれた細い路地の住宅地の中に「アイの救いの神」が待っていた。

−稚内の高田犬猫病院− 院長・獣医師 高田光男の看板が目についた。「どうしました」。60過ぎの目付の優しい先生が、アイを見てすぐあがれという。

体温をはかり、聴診器をアイのお腹にあてたり、機敏に診療して下さった。それに注射を2本、その他いろいろ手当てをして下さった。「体温が少し高いですね」と言う。

どこから来たのかと聞かれ、ありのまま説明すると、しきりにうなずいておられたが、「よく助かりましたネ」と言われた。この間も、遠くから来られた方がこのくらいの小さい犬を連れて来て、殺してしまったという。

「間一髪であった」

私の応急処置も多少効果があったのかもしれない。とにかくアイは、危うく稚内で死ぬところを不思議に救われ、命拾いをした。私は心の底からアイに詫びた。自分一人はこれで満足かもしれないけれど、アイを道連れに、犠牲にする権利は私にはない。本当に申し訳ない事をしたと思った。

それにしても、この小さな体でよくぞ耐え、よく生きて助かってくれた。稚内でアイを死なせてしまって、見知らぬこの地に、一人淋しくアイの死体を残してゆくなどとても耐えられない事だった。

「ゴメンネ、アイ!」

アイよりもむしろ私が救われた。

「主よ、またあなたに救われましたね」

(つづく)

「心の旅路」より抜粋

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