−神の慈しみ−

筆者は健康者ではない。1988年、死の病に倒れ、奇跡的に救われた。肝不全という十字架をこの身に今も負っている。

今回、北海道の伝道旅行へとの思いに導かれたのは、クリオン島(フィリピン)の子らを思う祈りを通してであった。

あるとき、クリオン島のハンセン病の人々の訴えが、わたしたちのところに届けられた。そして、その島の子どもたちの就学と継続のために、主は半人前の筆者を聖用して下さった。その愛の奇跡の証しが小誌である。

神の深い慈しみのみ手が差しのべられた時、不可能が可能となった。

私たちは自分の困難さや、弱さ、又、逆境に落胆する必要はない。私は、今回の伝道旅行の体験を通じ、改めて自分の弱さを恵みとして再確認した。それは、人間の常識を超えた神のみ力の力添え(裏付け)なくして、東京の町田市から、北海道の全道(約5000�)をただ一人、車を運転して行く事など思いも及ばぬことだからである。約2週間と短くはあったが、心に残る、文字通り、心の旅路となった。

父の悲しい死を初めて知ったのも、この旅路を通してであった。私のくずれかけた心を、その弱さを、神はそっと支え、慰めて下さった。アイも又、そんな私の悲しみの聞き役にまわり、つぶらな瞳で「くじけないで!」と、励ましてくれた。

この事を通じて、私は、神の霊が「宿る時」人がいかに強められるか、その事実をぜひ、皆様にお伝えしたいとの熱い思いに駆り立てられた。

「アイの受難」に出てくるドラマをお読みいただくと、身体の弱い私と3�にも満たないアイが、やせ細りながらも、とにかく、この伝道旅行に耐えられたその事実が、神のご存在を確証し、主のみ手が、いかにして困難な状況下に置かれた私たちを、その中から救い上げ、助け、力づけて下さったか、おわかりいただけることと思う。

今、あなたの境遇がどんなに辛く、人知れず苦しみ、日毎夜毎、涙の谷を渡っておられようとも、必ず嬉しい日が来ることを、この証しを通してお知りいただけたら、こんなに嬉しいことはない。

さて、今回の旅行に同行者が一人いた。我が家の愛くるしい伝道犬「アイ」である。シーズ犬のメスで、今年9歳になる。彼女は困難な伝道旅行の途中で、私の大きな慰めとなり、やさしいパートナーでもあった。彼女から得た教訓は決して少なくはない。

出発日は、1992年8月4日、日本海側から北上し出来るだけ全道をめぐり、祈り、訴え、大自然の中に伏し、この身を通して、キリストがご自身の力と望みと愛を、しもべに現して下さる事を信じて旅に出た。

そのためにも、私自身を神のみ手に差し出し、あえて困難に挑戦し、自分のすべてを投げ出した。無条件にである。すべてを我が主、キリストにお委ねする必要があった。私は主のしもべであり、弟子である。それが、信じる者の道だと確信したからである。

−静けさの中で−

北海道の大自然は、筆者が忘れかけていた大切なものを多く気付かせ、与えてくれた。その一つに静けさがあった。何と途方もなく、広く果てしない大地かと思わせる一面、静かな広がりが原野のそこかしこに見られてとても嬉しかった。

「神は静けさの友である」と聞いたことがある。大自然の中の木や草の成長、小さな虫たちの生のいとなみ。大空も星も、すべてのものが、大きな力に支えられ、助けられ、唯、黙々と動き、生成、流転し、死んでゆく。

そのダイナミックな生活の、営みの根元に触れたとき、神は死んだ神ではなく、生きて今も働き給う、慰めの主、希望と光の中にまします、愛の神である事が、一層、肌身に強く感ぜられた。

私の痛んだ、身が心が癒され、揺すぶられ、感動し、心の奥深くまで届き、魂のひどい渇きが癒された。

つくづく考えさせられたことがある。それは、都会に住んでいると、いかに「無駄なおしゃべりや雑音が多いことか」ということであった。

これは「尊いエネルギー」の浪費である。人間には静けさが必要だ。私はこの体験を通して、内面から湧く純粋な言葉を大切にしたいとの思いが強くなり、不用な言葉は出来るだけ、証誌から切り捨てることにした。

(つづく)

「心の旅路」より抜粋

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