ヨブは主に答えて言った。

あなたは全能であり

御旨の成就を妨げることはできないと悟りました。

「これは何者か。知識もないのに

神の経綸を隠そうとするとは。」

そのとおりです。

わたしには理解できず、わたしの知識を超えた

驚くべき御業をあげつらっておりました。

「聞け、わたしが話す。

お前に尋ねる、わたしに答えてみよ。」

あなたのことを、耳にしてはおりました。

しかし今、この目であなたを仰ぎ見ます。

それゆえ、わたしは塵と灰の上に伏し

自分を退け、悔い改めます。

◆結び

主はこのようにヨブに語ってから、テマン人エリファズに仰せになった。

「わたしはお前とお前の二人の友人に対して怒っている。

お前たちは、わたしについてわたしの僕ヨブのように正しく語らなかったからだ。

しかし今、雄牛と雄羊を七頭ずつわたしの僕ヨブのところに引いて行き、自分のためにいけにえをささげれば、わたしの僕ヨブはお前たちのために祈ってくれるであろう。

わたしはそれを受け入れる。お前たちはわたしの僕ヨブのようにわたしについて正しく語らなかったのだが、お前たちに罰を与えないことにしよう。」

テマン人エリファズ、シュア人ビルダド、ナアマ人ツォファルは行って、主が言われたことを実行した。そして、主はヨブの祈りを受け入れられた。

ヨブが友人たちのために祈ったとき、主はヨブを元の境遇に戻し、更に財産を二倍にされた。

兄弟姉妹、かつての知人たちがこぞって彼のもとを訪れ、食事を共にし、主が下されたすべての災いについていたわり慰め、それぞれ銀一ケシタと金の環一つを贈った。

主はその後のヨブを以前にも増して祝福された。

ヨブは、羊一万四千匹、らくだ六千頭、牛一千くびき、雌ろば一千頭を持つことになった。

彼はまた七人の息子と三人の娘をもうけ、長女をエミマ、次女をケツィア、三女をケレン・プクと名付けた。

ヨブの娘たちのように美しい娘は国中どこにもいなかった。彼女らもその兄弟と共に父の財産の分け前を受けた。

ヨブはその後百四十年生き、子、孫、四代の先まで見ることができた。

ヨブは長寿を保ち、老いて死んだ。

(ヨブ記 第42章・終章)

★「長い間義人ヨブ記に目を通して頂き有り難うございました。

この物語はサタンが、義人ヨブの信仰を疑い、神は義人ヨブの信仰を誇り、神とサタンの、不思議な闘いを記述した一風変わった物語です。

物語は劇詩の形をとり義人ヨブ記全体を善悪で割り切ることは難しいところです。

序曲と終曲に述べられている神への純粋の愛、真実の礼拝、無私の善が存在するか?と言う深刻な問題を問いかけています。

義人に報い、悪人に刑罰と言う、直線的な因果応報教理の大胆な否定です。

神は自由な恩恵を持って人を恵むのであり、因果律で神と人との関係を割り切ってはならないと理解されます。

真実は神のみぞ知る!

実際に苦しんだ義人ヨブは最後に神の恵みにより賜物を頂きました。

この物語は紀元前400年ころに書かれたと言われます。

舞台はパレスチナ東南エドム地方。ウヅに住む富める義人です。

聖パウロと義人ヨフには 不思議な一致点が見られます。

(義とされるのは自己義認にはなく、 神の神の許しによる。)この点で義人ヨブと聖パウロは時代を越えて信仰の本質的類似点があります。

聖パウロは天路歴程・地路歴程で触れます。

感謝をもって†

愛の樹オショチ†

ローマ、聖ペトルスとマルケリヌスのカタコンベにあるヨブの壁画(300年頃)
 

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