【幸せの基準?】

どや街は人生に敗れた人間の吹き溜まりの様に見られ勝だが、あながち、悲惨な面ばかりではない。

人生の落後者。

吐き溜めの様に世間の人々は言うが、人間同士の、ラザロさんたちの中には、一般市民とは形の異なる人情があり、暖かい人間同士の助け合いがあった。

ここは国や大企業の経済的、調整弁の損な役割を無理強いされている場所にも見える。

私の間違いならよいが?

はじめの頃はラザロさんたちの心情がよく理解できなかった。

例えば寒い冬、寄せ場に衣類、飲み物、食べ物を持参して、呼び掛けると続々と集まった。

日本は不況の真っ只中にあった。失業者が増えて人々はその日暮らしに追われ喘いでいた。

静かに見ていると、「これは、あれに似合うな?とか、これ、あいつに食べさせよう!」とか独り占めする人は見掛けない。

仲間を思いやる、話を何度も見聞きした。

人生のどん底で聞いた会話である。

どや街を吹き抜ける北風の冷たさは厳しく、淋しく、寒さが一入身に染みる。

北風に紙くずや埃が舞い上がり、街中がヒイーヒイー悲鳴を上げていた。

凍死、行き倒れ、病死、絶望、孤独、葛藤、ヤクザ、博打、マグロ師(すり)人間の不幸に関わる事象はなんでも揃っていた。

日本国憲法の定めた「国民は等しく幸せを享受する権利を有する」の、約束はどや街には存在しない。

本人の身から出た錆であれ、人の命に貴賤はないはずだが、この特殊な環境は、それを許さない。

唯一の救いは、その様な悲惨な現実にも関わらず、人の温もりがあったことである。

溜り場に集まり拾い集めた物を燃やし焚き火を囲み束の間の暖を取る。

肌を寄席合って生きる。

焚き火が人々の顔を赤く染めた。

ある日、教会のトラクトを一冊、一人の青年に渡した。

にわか雨になって手持ちのビニールシートを二人で被った。

暫らくたっと晴れ間が見えた。

私は青年に言われた。

「あんたの手作りの冊子、俺は読まないよ!」と、突き返された。

「俺は活字が大嫌い!活字が嫌いだから、ここにいるんだぞ!」

「活字はいらんが、食い物をくれ!」

私は黙って差出した。

まだ若いのに年齢不詳の容姿である。

青年が呟いた。

「やっと俺の安心できるどん底に落ちついた。あんた方にはわからんだろうね?これは自自分で選んだ道だから後悔しない!俺は自由で幸せだよ!もう気兼ねしなくていいからね!あんたもどうだ?」

どん底から黒光りする若者は、顔も頭も、肌も、衣類も垢で黒光りしていた。

【生死】

路上生活はいつも死と隣り合わせである。

私の知るかぎり、凍死や餓死、病死等は見聞きしたが、不思議なことに自殺は聞いたことが無い。

ひっそり死んで、密かに無縁仏になった人も居ると思うが、私が走り回った、大阪、西成区のどや街、名古屋の笹島、東京の千住の寄せ場。横浜の寿町、通称どや街でも自殺は聞いたことが無い。

どん底に生きるラザロさんたちは腹を据えて毎日を生きる。

ある日寄せ場に人だかりがあった。

隙間から覗くとビデオカメラが回っていた。牧師らしい人が説教を始めた。マイクにスピーカー。

“神に救われよ!洗礼を受けよ!”と、言われて何人かが洗礼を受けた。

何人かのラザロさんにマイクも向けていた。

ひとしきり話が終わると、袋に入れた食糧を洗礼を受けた人に渡し、あっという間に車で走り去った。

顔馴染みのラザロさんが「近いうちにテレビ放送されるよ!あれたちはどや街を食い物にしているとんでもない奴だ」と、吐き捨てるように言った。

人間必死に成ると、凄い生命力を発揮する。

ギリギリまで生きる何かが働いていると感じた!

愛の樹オショチ†

マルク・シャガール「天地創造の7日間」より(1971−3)

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3件のコメント

  1. おしょちはホームレスの方々の魂と交流されてすごいです。
    私は出会ったホームレスの方にその場限りの僅かなカンパをさせていただく事がありますが、どの方も寛大で礼儀正しく魂の品格を感じました。ホームレスの方に限らず自由にまともに生きようとすると生きていけなくなる世の中の仕組みがあると思います。
    おしょちや愛の会の方々、パスクァ様は心底からの他者への愛を実践されてすごいです

  2. どや街の人たちは、何かを捨て、何かを得たのか、生きるための一番大切なものを知ったのか?どん底に落ちたものの強味だろうか、どんな人生を歩もうと、自分で、選んだ道、自由とは、幸せとは、考えてしまう。批判は、出来ない。 私は、今生きていることに、感謝する毎日です〓 頑張ります〓ご自愛ください。

  3. だんだん、手の痛み
    視力が低下しています。今のうちにやりなさいと響くので続けています。

    義人ヨブ記は後四回で終わります。

    残る仕事は
    天路歴程・地路歴程になりました。

    少しずつ書き残します。オショチ†の後にラザロさんたちの苦しみを伝えてくれる人は多分居ないと思うので、
    貴重な体験談を記録しています〓

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