【召命】

ある教団の信仰者から誘われて代表者に直に面会した。

私を誘ったY君は口腔外科医で自分が教団の神学校(塾)に入学を望んでいた節がある。

私は彼の付き添い役でしかなかった。

しかし事態は思いがけない方向に展開して行った。

校長(塾頭)先生が入学を許可したのは他ならぬ、付き添い役の私であった。

温顔に微笑をたたえた先生の書斎で気楽に、何気ない会話を交しながら、ふと気付くと、先生の目は鋭く光っていた。

目の前の先生の鋭い視線は、私に向けられている。

緊張した。

「何故ここにきたのか」と、問われた。

私は包み隠さず事実を話した。

「君自身はイエスについて何を感じるか?また、我々教団の信仰をどのように理解しているのか?」と質問された。

私はイエスの弟子のように、「なりきりたい!」と咄嗟に答えた。

考えるいとまのない突然の質問に咄嗟の答えは私の本心以外の何ものでもない。

先生は静かに頷いた。

【同級生】

予感が的中して、全員80名ばかりの小さな学舎に入学した初日に、紹介されて渡されたテキストを見てたまげた!

いきなり、ヘブル語とギリシャ語の講義である。

ちんぷんかんぷん?

周りを見渡すと、皆黙って真剣に目を通している。

私の横にいた人に尋ねた。

“読めるんですか?わかるんですか?意味が?”

彼は、「はい!大体は」と答えた。

“いつもこのような講義ばかりですか?”

「いや、たまにあります。何しろ聖書は出来るだけ原書を正確に読んでいかないとイエスのご生涯や弟子たち、当時の世界観、日々の生活の実体に触れることは不可能です。それから聖書の文字の字面を眺めて、棒読みしても無駄でしょう!ここの特徴はイメージアップして、聖句の行間を心読することです。聖書の生活をリアルタイムで追体験する学舎ですよ。」

この言葉を聞いて私は落ち込んでしまった。

彼の仕事を聞いた。

昼間は理化学研究所で天文学をやっている理学博士であった。

彼は、宇宙観測中、ブラックホール(暗黒星)を偶々見付けて興奮した話を聞かせてくれた。

宇宙観測は天地創造の不可思議と創造主の無限に近づく謎解きです。

左側に、大学の国文学の教授もいた。

多才、俊才に囲まれて私は戸惑い、ここは私に向かないと諦めかけていた。

【闇夜のカラス】

“闇の夜に鳴かぬカラスの声聞けば生まれぬ先の父ぞ恋しき?”

突然、聖書と無関係の質問が先生に浴びせかけられた。

この意味が理解出来るか?と問われた。

80人近い仲間がいたが皆黙っていた。

先生は真言密教を引き合いに出し、わたしたちに、ヒントとして、これは密教の呪文のようなものと言われた。

日本人が、イエス・キリストについて学ぶとき、仏教も学ぶべし!日本人の宗教的感性は優れている。

理性で解こうとすると解けない。

「不立文字」だと言われた。

言葉では解けない。

心で解きなさい。

まるで禅僧の問答のようであった。

禅僧の間には賊問と言うやりとりがあると聞いたことがある。

相手の意表を突いた一見意味不明の言葉のやりとりで見えないもの、理解不可能を可能にする、精神力を鍛え、高め真理を会得するやり方だと、かって、田舎の和尚に教えてもらったことを思い出した。

「第一、闇の夜に黒いカラスが見えるか?
第二に、鳴かぬカラスの声が聞けるか?
第三に、これがこの句の作者が伝えたかった大事な言葉である。
まだ、この世に生まれておらぬ子が 見たこともない、父を恋い慕う?これは理性で解けない謎だ!」と言われた。

後の説明はなしであった。

先生独自の言葉で「父とみ子・イエス・キリストの関係を解くヒント」だとわかったのはかなり後の日であった。

【サウロからパウロへ】

話しは変わるが、イエスの弟子に変えられた、タルソ生まれのサウロはユダヤ人の中のエリートで、ローマの貴族の位を持っ人物であり、当時、異端視されたキリスト教徒、クリスチャン狩り(迫害)の急先鋒であった。

そのサウロが、クリスチャン狩りの、ダマスコ途上、キリストの霊光に射たれ三日間、失明した。彼は恐怖心に駆られ、食事も喉を通らなかった。

「サウロよ!サウロよ!あなたは何故、わたしを迫害するのか?」

彼は不思議な声を聞いた。

サウロは畏れおののき答えた。

「主よ!あなたはどなたですか?」

イエスは答えた。

「あなたが迫害する、キリストである。」

この不思議な出来事がきっかけとなり、サウロは(パウロ)となった。

彼こそ、ナザレのイエスの説かれた愛を世界中(イエスの時代の世界人口は凡そ五億人?その中で地中海沿岸から内陸、ローマにまで布教活動をした。)に広めた使徒、聖パウロである。

カラヴァッジョ「パウロの回心」(1600−01)

私は先生から出された謎解きに苦心していた。

そんなある日、何度も読んだはずの、新約聖書の使徒行伝に目が釘付けになった。

使徒行伝は→聖霊行伝と言われた霊感の書である。

その中に、キリストの聖霊の愛によらなければ全ては虚しいと、パウロの体験的告白があった。

聖霊とは→「父・み子・み霊」の三位一体をさす。

以前「義人ヨブ記」に記述したが、唯一の神が三つの性格をもつ?不思議さに驚いたが、

続きます。

愛の樹オショチ†

追伸:

連日厳しい残暑が続きます。私事ですが今まで経験したことがない厳しい夏になりました。

暑さのせいか?

今ひとつ体力回復が遅れ気味です。

皆様の祈りに支えられ今日も1日生きられました。

私事の拙い証ですが、読んで頂けたら幸いです。

ご自愛くださいますように。

感謝を込めて。

愛川英雄

愛の樹オショチ†

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