【夜空の星になる】

人間は死んだらいったいどうなるのか?

私は小学生のころから命と死に興味があった。

私の無意識の信仰の、原点かもしれない?と最近感じる。

昔は、今と違って家族と言えば、祖父母、両親、兄弟姉妹たちに囲まれて大家族で生活していた。

死は親類縁者を含めて、周りに自然な形で存在した。

昨日まで、元気だった従兄弟が川で水死したり、家の敷地に取り込んだ幅1.2㍍の水路に設置した動力用水車に巻き込まれて幼い従弟が全身傷だらけで亡くなったり。

ある日忽然と姿が消えてしまう。

なんとも言えない無常感に襲われた。

私の役目は、決まっていて、葬儀の先頭にたち、竹竿に白い紙切れを挟み白装束で歩かされた。

死んだ人間は何処へ消えたのか?歩きながら死が不思議でたまらなかった。

何処に隠れていて、また会える気がした。

「ばぁー!ここに居るよ!」それなら嬉しい!と勝手に考えた。

時々夢を見た。

空から突然黒い雲が渦巻きながら私をすっぽり包みこんでどこかへ連れ去っていく。

恐ろしさのあまり悲鳴を上げて目が覚めるとあたりは何事もなく妹たちの静かな寝息が聞こえる。

安心してまた眠りにつく。

ある日母に聞いた。

人間は死んだら何処へ行くのかと?

母は困った顔で、「良いことをしたら極楽へ、悪いことをしたら地獄へ行く。そこには、閻魔大王様がいて、恐ろしかとこじゃ!詳しいことは西光寺の和尚に聞きなさい」とはぐらかされてしまった。

私は、教会の日曜学校に行ってるクラスメイトの米田君に聞いた。彼は、「きまっちょる、天国たい!星になる人もおるばい!と」はっきり話してくれた。

それから毎晩夜空の星を眺める癖がついた。

今でも、夜空を眺めている。米田君の思いがけない贈り物である。

今の西光寺

【地獄極楽】

西光寺の和尚に聞くと、お盆になると、近くの寺で、あの世の凄い絵が見られから見てこいと言われた。

お前のような悪ガキにはピッタリ合う絵があると言われて、親友のしげちゃんを誘って恐る恐る見物に行った。

地獄絵は針の山、釜茹で、舌を抜かれる悪人たちの、おどろおどろした、恐ろしい絵ばかりが目に焼き付いて、首をすくめて逃げ出した。

私はしげちゃんに話した。

「米田君の天国を信じるばい!夜空の星が美しくてよか!」

しげちゃんも「うんうん」と、うなずいた。

【予感】

博多で洗礼を受け、しばらく経って上京した。

建築家を目指すには田舎では刺激がすくない。

建築家を目指す友人が欲しかった。

お互い競争心を掻き立てて念願を果たしたいと真剣に考えた。

何回か失敗したが念願の建築家の資格を手に入れたとき、私は予感した。

次は神様の仕事が与えられると。

続きます。

愛の樹オショチ†

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