【イエスのふるさと】

いエスはおよそ紀元四年ごろユダヤのベツレヘムに誕生し、成人した地は、ガリラヤである。

ガリラヤ湖は新約時代はテベレヤの海、ゲネサレ湖などと呼ばれていた。

ガリラヤについて少し説明を加えたい。

地名と人名が結び付き、当時の人の呼び名に深くかかわり合いを持つからである。

ユダヤ人の厳格な宗教、生活習慣を垣間見ることでいろいろ参考になる。

例えば、イエスはガリラヤのナザレの出身から「ナザレのイエスと呼ばれ。大工、ヨセフの子とも呼ばれた。

ガリラヤ訛りがある。弟子のペテロたちが、イエスを発音すると、”イエーシュー”となる。」

例えば、レビ記22:2の「わたしの聖なる名を汚さないようにさせなさい」という箇所をガリラヤ人が読むと「わたしの聖なる名をほめ賛えないようにさせなさい」と聞こえ、全く逆の意味になってしまう。


【パレスチナの殉難】

ガリラヤ人がシナゴーク(会堂)で聖歌隊の先唱者になったり、皆の前で聖書を朗読することを禁止する地方もあった。

イエスが捕らえられた後、こっそりついて行ったペテロが、「確かにあなたも彼らの仲間だ。言葉づかいであなたのことがわかる」(マタイ26:73)と見破られたのも、彼のガリラヤ訛りのせいであろう。

イエスの正確なヘブライ名は「イェシュア」であったが、「ヨシュア」とも呼ばれ特別に珍しい名ではなかったようである。

これは彼らガリラヤ人が喉音AとHの発音が正確にできないためだった言われている。

イエスは正確なアラム語を使っていた。

余談だが、あの七つ悪霊に悩まされた女性→マグダラのマリヤもイエスの弟子の一人となった。。

彼女の人物像があれこれ興味本位に取り上げられているが、イエスの使命、父なる神の子メシヤ→救世主の、使命にに何ら支障はない。

レオナルド・ダヴインチの絵画、最後の晩餐に詮索好きな人たちのMの謎解きが盛んに言われているが四千年の長い膨大な霊感の書から神秘性、真理を解きあかす力を、人間はまだ獲得してはいないと思う!

イエスの公生涯に、人類救済のすべてが托されていた。

イエスを見よである!この人を見よ!の一言に尽きる。

例え天才画家でも芸術家でも、創造主の神秘性の謎解き、救世主の真の理解は不可能だと思う。

人間の知的能力、表現方法では限界があると思う。

聖書における神は他の諸宗教の神々と著しく異なる特徴は?

生ける神であること!(詩編、18;46、42;2)明確に記述されている。

神は全知全能である。宇宙の創造主である。


【ナザレ人】

さて話しをもとに戻そう。

イエスが30歳まで、大工のヨセフのもとで生活された、ガリラヤのナザレは、標高350㍍の丘陵にあって、南はエズレル平原を見下ろし、東はタボル山やギレアデの山肌、北ははるかにヘルモン山の連峰が見え、西にはカルメル山が見える景勝地である。

ガリラヤ湖は、地中海より約212㍍低く、南北約20㌔幅広いところで、西12㌔、水深は最大228㍍、面積は160平方㌔メートルある。

博多湾くらいの規模と思うとわかりやすい。

西岸はならだかな平地でテベリヤ、ベッサイダ、カペナウム、マグダラ、コラジンなど、盛んな村や町であったが、東岸は断崖が岸に迫っており、西岸のような繁栄はなかった。(聖書辞典)

シモンと呼ばれた漁師ペテロ、アンデレ兄弟。ヨハネ。彼らは素朴で勇敢な一面と、激しい気性の持ち主だった。

後に、イエスを捕らえにきた兵士の耳を剣で切り落としたのは、ペテロである。

イエスは先ずそのペテロと弟のアンデレに声を掛けている。

「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる!」 (ルカ5:1-11,マタイ4:18-22,マルコ1:16-20)

イエスの12弟子(使徒)のうち11人までがガリラヤ北部の出身者、貧しい漁師などである。

残り一人が南部出身者の、イスカリオテのユダである。

無学で素朴なペテロたちは、ガリラヤ人は地位や富より名誉を重んじ、義を大切にした。

対象的に、イスカリオテのユダは、理知的な野心家で計算高い男であったが、イエスは、敢えて弟子に加えた。

イスカリオテのユダは革命を夢見ていた。

ユダヤ最後の王朝、ハスモン家の祭司マタティアは、ギリシャの(ヘレニズム)文明の支配下に入ることを拒否し当時の軍事大国、ギリシャに敢然と立ち向かった。歴史に残る人類初の殉教の戦争でいわゆるマカベア戦争である。(紀元前175-134)

イエス出現の約150年前の出来ごとであった。

一時、ユダヤはハスモン家が政治的には独立を勝ち取ったが、それも束の間、ローマ帝国に敗れ、紀元前63年にパレスチナはローマ帝国の属領となってしまう。

【ユダヤのヘロデ大王の暴政】

紀元前37~4年は、外交手腕を巧みに働かせ、ローマ帝国に取り入り、イスラエルの支配権を得た。ヘロデ大王は恐怖政治を徹底した。

ヘロデ大王による残虐行為は、後に、キリスト教徒の弾圧に繋がり、ローマの闘技場で生きた人間をライオンに食い殺させるなど、信じがたい虐殺を行った。

イエスが現れる以前の時代背景の説明なしに、メシヤと呼ばれた、イエスの誕生がどれほど人々が待ち焦がれたかと思う。


【イエスの弟子たち】

弟子に取り立てられながら革命を夢見るユダには、イエスの真の目的が理解できなかった。

イスカリオテのユダはイエスに革命家を期待した。彼なりに、イスラエルの独立を渇望したはずである。

自尊心の強い、しかし自分勝手に考えて、イエスを革命家に仕立て、ユダヤ最後の王朝ハスモン家の夢の再来を、イスカリオテのユダが持ったとしても驚くことはない。

しかし、イエスの傍に仕えているうちに、ユダは、イエスに絶望した。

自分勝手な理想とかけ離れた、目の前のメシヤ・イエス・キリストは、革命家に非ずと考えて、パリサイ派の大祭司密告し、イエスを裏切った。彼は僅か銀貨20枚で、イエスを大祭司に売った。

場所はゲッセマネのオリーブの樹の下である!

後にイスカリオテのユダは激しく後悔して自殺する。

【少年時代のイエス】

はユダヤの律法学者たちが驚くほどの知恵と旧約聖書に通じていた。祭司、ラビたちはその不思議な力に圧倒された。

【わたしの役目】

残り時間を逆算してこれからはイエスとわたしの同行ニ人の生き方や、様々な感じ方など、織り交ぜて書き残してみたいと強く願う次第です。批判を恐れず、敢えて恣意的解釈を加えています†

続きます。

愛の樹オショチ†

追伸:
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以上よろしくお願いいたします。

愛の樹オショチ†

ウィリアム・ホルマン・ハント「神殿での少年イエスの発見」(1854-60)

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