ヤコポ・デル・セライオ奉納祭壇画「聖三位一体、聖母マリア、聖ヨハネと寄進者」(部分)

聖アウグスチヌスのエピソードがある。

かれが、父、御子、御霊の三位一体がわからずもがいているとき、海岸の砂浜で、小さな穴をほり水を蓄めてる子供がいた。

聖アウグスチヌスは子供に聞いた?

何してるの?
    海の水をこの穴に全部入れるよ!!
彼は 言った。それは無理だよ。
  実は子供の姿に変えた天使だった。

あなたが神のまことの神秘を知れば、この穴に海が入ることは容易いことです†

人間の知識、常識、観念などで、神の未業は測れません

(参照:聖画左側)

【ヨブ記】

ナアマ人ツォファルは答えた。

さまざまな思いがわたしを興奮させるので
わたしは反論せざるをえない。

あなたの説はわたしに対する非難と聞こえる。
明らかにすることを望んで、答えよう。

あなたも知っているだろうが
昔、人が地上に置かれたときから

神に逆らう者の喜びは、はかなく
神を無視する者の楽しみは、つかの間にすぎない。

たとえ彼が天に達するほど

頭が雲に達するほど上って行っても

自分の汚物と同様、永久に失われ
探す者は、「どこへ行ってしまったのか」
 と言わなければならなくなる。

夢のように飛び去り
夜の幻のように消えうせ
だれも見いだすことはないだろう。

彼を見ていた目はもう彼を見ることなく
彼のいた所も二度と彼を見ない。

その子らは貧しい人々に償いをし
子孫は奪った富を返済しなければならない。

若さがその骨に溢れていたが
それも彼と共に塵の上に伏すことになろう。

悪が口に甘いからと
舌で抑えて隠しておき
惜しんで吐き出さず
口の中に含んでいれば

そのパンは胃の中に入って
 コブラの毒と変わる。

呑み込んだ富は吐き出さなければならない。
神は彼の腹からそれを取り上げられる。

彼の飲んだのはコブラの毒。
蝮の舌が彼を殺す。

彼は蜂蜜と乳脂の流れる川の
その流れを見ることはない。

労して獲たものをも呑み込まずに返し
商いで富を得ても楽しむことはない。

なぜなら、貧しい人々を虐げ見捨て
自ら建てもしない家を奪い取ったから。

その腹は満足することを知らず
欲望から逃れられず

食い尽くして、何も残さない。
それゆえ、彼の繁栄は長くは続かず

豊かさの極みにあって欠乏に陥り
すべて労苦する手が彼を襲う。

腹を満たそうとすれば
神は燃える怒りを注ぎ
それをパンとして彼に浴びせかける。

鉄の武器から逃れても
青銅の弓が彼を射抜き
矢は彼を貫いて背中に出る。

それは胆汁にぬれて光り
神の威力が彼を圧倒する。
暗黒が彼の宝を待ち構え
吹き起こされたのでもない火が彼をなめ尽くし

天幕に残っているものをも滅ぼし尽くす。

天は彼の罪を暴き
地は彼に対して立ち上がる。

神の怒りの日に、洪水が起こり
大水は彼の家をぬぐい去る。

神に逆らう者が神から受ける分
神の命令による嗣業はこれだ。

(ヨブ記第20章)

続きます。

愛の樹オショチ†

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