『義人ヨブ』の苦難を見ていると、神の御心を計りかねます。

神と人間の関わりとは何か?真の信仰とは何か?深く考えさせられます。

ヨブ記は最後までハラハラします。

42章の【結び】がなければ絶望的になりそうです!

神との道行きは険しい道です!何故?人は幸せを求めながら、かくも苦しむのか?
そのヒントがヨブ記に詳しく記述されています。

最後まで神の試練に耐えた義人ヨブのその後の繁栄は、人間の及びもつかない祝福の証です!

『ヨブは答えた。』
それは確かにわたしも知っている。
神より正しいと主張できる人間があろうか。
神と論争することを望んだとしても
千に一つの答えも得られないだろう。

御心は知恵に満ち、力に秀でておられる。
神に対して頑になりながら
 なお、無傷でいられようか。

神は山をも移される。
怒りによって山を覆されるのだと誰が知ろう。

神は大地をその立つ所で揺り動かし
地の柱は揺らぐ。
神が禁じられれば太陽は昇らず
星もまた、封じ込められる。

神は自ら天を広げ、海の高波を踏み砕かれる。

神は北斗やオリオンを
すばるや、南の星座を造られた。

神は計り難く大きな業を
数知れぬ不思議な業を成し遂げられる。

神がそばを通られてもわたしは気づかず
過ぎ行かれてもそれと悟らない。

神が奪うのに誰が取り返せよう。
「何をするのだ」と誰が言いえよう。

神は怒りを抑えられることなく
ラハブに味方する者も
 神の足もとにひれ伏すであろう。

わたしのようなものがどうして神に答え
神に対して言うべき言葉を選び出せよう。

わたしの方が正しくても、答えることはできず
わたしを裁く方に憐れみを乞うだけだ。

しかし、わたしが呼びかけても返事はなさるまい。
わたしの声に耳を傾けてくださるとは思えない。

神は髪の毛一筋ほどのことでわたしを傷つけ
理由もなくわたしに傷を加えられる。
息つく暇も与えず、苦しみに苦しみを加えられる。

力に訴えても、見よ、神は強い。
正義に訴えても
 証人となってくれるものはいない。

わたしが正しいと主張しているのに
 口をもって背いたことにされる。

無垢なのに、曲がった者とされる。
無垢かどうかすら、もうわたしは知らない。
生きていたくない。

だからわたしは言う、同じことなのだ、と
神は無垢な者も逆らう者も
 同じように滅ぼし尽くされる、と。

罪もないのに、突然、鞭打たれ
 殺される人の絶望を神は嘲笑う。

この地は神に逆らう者の手にゆだねられている。
神がその裁判官の顔を覆われたのだ。
ちがうというなら、誰がそうしたのか。

わたしの人生の日々は
 飛脚よりも速く飛び去り
幸せを見ることはなかった。

葦の小舟に乗せられたかのように流れ去り
獲物を襲う鷲のように速い。

嘆きを忘れよう
この有様を離れて立ち直りたいと言ってみても
苦しみの一つ一つがわたしに危惧を抱かせ
無罪と認めてもらえないことがよく分かる。

わたしは必ず罪ありとされるのだ。
なぜ、空しく労することがあろうか。

雪解け水でからだを洗い
灰汁で手を清めても
あなたはわたしを汚物の中に沈め
着ているものさえわたしにはいとわしい。

このように、人間ともいえないような者だが
わたしはなお、あの方に言い返したい。
あの方と共に裁きの座に出ることができるなら

あの方とわたしの間を調停してくれる者
仲裁する者がいるなら
わたしの上からあの方の杖を
 取り払ってくれるものがあるなら

その時には、あの方の怒りに脅かされることなく
恐れることなくわたしは宣言するだろう
わたしは正当に扱われていない、と。

(ヨブ記第9章)

続きます。

愛の樹オショチ†

 
 ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵9「ヨブの絶望」、1825

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1件のコメント

  1. なぜ?むなしく労する事があろうか、考えさせられます。幸せなときほど苦しみを、苦しみのときほど、小さな幸せを感じさせてくれるという。今日もせいっぱい生きるのみです。感謝してありがとうございます。

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