†主に在りて Aへ

いろいろと聖女メクチルダの体験を重ねて、ますます聖母マリア様、キリスト様への距離が近づいていることと思います。

Aの手紙、拝見しましたが、何かスタートラインから食い違っているような気がします。

オショチが率いる愛の樹は、原始キリスト教時代の、もっと詳しく言えば、イエス様と弟子たちの生活体験をモデルにしています。

したがって、信者は一人もいないし、オショチ自身が神からいただいた使命は、弟子教育が主体ですから、神学、牧会、大きな教会組織の枠の外にあります。

先週の聖日礼拝をもって、師弟教育はすべて打ちきりました。

Bも例外ではありません。それぞれがオショチにではなく、聖霊に導かれて神に密着するように話しました。無論、今後も師弟関係であることに変わりはありません。

オショチは著名な方々には無縁の存在ですから、Aの話を聞いても、その人脈が理解出来ません。

Aは著名な方々との交流も多くあるようで、ことにカトリック教会などは、お二人の母教会でしょうし、オショチから見れば、他教会の神父、牧師の役目を考えると、オショチごときが口を出す必要は一向に見当たりません。

このところ、Bは体を壊し、毎日、針治療に通院しているようです。生まれつき虚弱体質で、今ではご主人のお世話もやっとこさの感じです。肉体的にも精神的にも疲労困憊の極みにあります。

一応、Aの希望は伝えますが、オショチにはどうすることも出来ません。

中井に時々、他教会の牧師が見えますが、悩み事や自分自身の家庭問題など垣間聞くことがありますが、オショチは一切タッチしてはおりません。

オショチから何かアドバイスがあるとすれば、人生に苦労は付きもの。主のみことばの通り、自分の十字架を負うて天国へ召されるまで、諦めないで、キリストを信じて歩くことだと思います。

これ以外のアドバイスは考えつきません。

また、あなたの隣り人を愛せよ(隣り人とは向こう三軒両隣ではなく、心の距離、愛の距離だと思います)というみことばは、自分に仇する者に尽くしなさい、というキリストの弟子たちに残した大切な戒めであると感じます。

愛とは何か?

自分を離れて人の胸の中に飛び込んで生き続けるもの。

愛、それ自体が生命であり、キリストのみこころだと思います。

聖女メクチルダは、その苦難の道を通過して、ついに御国に引き上げられました。神を信じて生きる者たちの模範となるお方だと思います。

メクチルダの夫は、ひどい男でしたが、彼女の祈りが通じて、死の寸前に救われています。ここに、捨て身の愛の素晴らしい結実を見ます。

これが、Aにオショチが伝えられる精一杯のアドバイスです。

オショチのミッションは今後、ドクターストップもあり、かなり肉体的な面では制限を受けます。残された道は、人類のマグナカルタにあります。

「愛の樹」のマグナカルタ

「愛の樹」は荒野に立ち、深く大地に根を張り、葉を豊かに繁らせ、すべての生命を慈しみ、育む。その力の源は神より賜る。

「祈り・ふれあい・5つの誓」

一、 「愛の樹」は、助け合い、苦しみを分かち合う家族である。」

一、「愛の樹」は、決して人を裁かない。友の苦しみを共有する。

一、「愛の樹」は、個人の尊厳を大切にし、プライバシーを固く守る。

一、「愛の樹」は、個性を大切にし、創造に向かって日々前進する。

一、「愛の樹」は、人類に奉仕する。

この神から示された啓示を、機能喪失しかかっている国連憲章に、将来、とって代わるものだと確信しています。

モーセの十戒ではありませんが、今世紀、極東の一角、小さな島国、日本の小さな町。中井から発信された人類のマグナカルタの伝道が、多分オショチの最後の使命となるでしょう。

愛の樹の実情、あなたへのアドバイス、オショチの役目を、3点に分け、要約をお届けします。

なお、頂いたお見舞い金は、私よりさらに貧しい兄弟のために使わせていただきました。

あなた方ご夫妻の上に、神の豊かな御祝福と御守りがあらんことを祈ります。

アーメン!ハレルヤ!
中井にてオショチ記す

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2件のコメント

  1. 人のつながり、生きている意味は、愛が、大切だと私も思います。感謝 おやすみなさいヾ(^▽^)ノ

  2. おしょち様、天路歴程ありがとうございます。職場で「愛の樹」のマグナカルタを心がけております。人間関係が良くなる実感があります。おしょち様、お休みなさい

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