レクイエム(鎮魂)
天に召された方々(病友)の、霊魂の平安とご遺族の心の平安、神の御祝福を祈る日々が続きました。

が…

ある日、祈られているのは、逆にこの私自身だと気付かされる不思議な出来事がありました。
少し記述してみます。

それは何気ない食事の時でした。
ふと、身近に友がいる!と、テレパシーで感じたのです。
どうも食欲が出ない時でした。
食事を見て、深いため息をついていました。
なかなか箸が出ません。
手のひらでお箸をくるくる回していました。

その時、友の笑顔が目に浮かびました。

傍らに召天された友がいる感じがしたのです。
「約束は守って、しっかり食事をして下さい!あなたの食事が終わるまで、傍にいます。しっかりバランスの採れた食事を採り、体力を回復させて下さい!教会の仕事、高齢者運転免許更新など、ぜひ頑張ってください!」

あっ!彼は私が彼と交わした約束を果たすたか、どうかを、見届けるために霊界から、心配して来て下さったのか?と感じました。

それからですが、食事が進むようになりました。
最後まで生きるために、命のために、闘い通したお方です。
亡くなる数時間前まで食事をされたと聞きました。
彼は天国を認めてくれました。
信じてくれました。

天国での再会を心底、悦び信じてくれました。

「信じるものは救われます†」
この言葉は、キリストが堅く約束して下さった、
「わたしは復活であり、命である。わたしを信じるものは、死んでも生きる。生きていてわたしを信じるものはだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」(ヨハネによる福音書11:25~26)

この御言葉に確信して、はっきり彼に天国の実在を告げることが出来ました。
友への最高の贈り物になりました。

友はそれを忘れずにいて下さった。
そのお返しをいただいた気持ちがしました。

「友の死は、死に非ず。新たな生命の羽ばたき、健全なる召天だ」と改めて感じました†
以前にも体験しました。

今日は、暑い真夏日です。
ギラギラ照りつける太陽の遥か彼方の空を見上げながら、彼の最期を見届けさせていただいた、不思議なあの日を思い返しています。

天国は、時間、空間、距離的な意味の天ではありません。
遥か宇宙の彼方に天国が存在するのではなく、「愛の距離、心の距離です。正にわたしの心中に存在します†」

友の霊魂の救いのために、「主よ、あなたが世に来られた神の子、メシアであるとわたしは信じております†」

アーメン・ハレルヤ†
愛川オショチ記す

おすすめ記事

3件のコメント

  1. わたしも、天に召された、父や母と兄に、いつも守られている気が、します。死んでも、魂は、生きて励まし見守ってくれています。暑い日が、続きます。お身体気をつけてください ヾ(^▽^)ノ

  2. おしょち様、天路歴程をありがとうございます。あまりの暑さにおしょち様のご体調は大丈夫かな、暑いから外出なさらない方がいいのにと思っておりましたが、山室様がおしょち様に現れたお話を教えていただいて、暑さに負けていたら生きていることにならないと思いました。今日は家の掃除を今から頑張ってしようと思います。おしょち様と山室様の魂は時間や空間を超えて結ばれていらっしゃるのですね。それから「今週の聖句」をありがとうございます。おしょち様のお体が良くなりますように。

  3. 死は終わりでもなく恐怖でもなく、命の歩みの先にある扉のように感じます。
    イエス様やっとここにたどり着きました。
    この扉を開けて下さいと言えば、小さな扉が開き、中からパーッと光が漏れて、やがて目が慣れると、神様が用意してくれた世界が見えてくるようなイメージがあります。きっと先に行った神友が出迎えてくれそうな、そんな気がします。
    おしょちは、もう少しこちらにいて、やり残した事をボツボツ片付けて、この世と弟子たちの将来を見届けてからにして下さい。
    まだまだずーっと先です。大変だと思いますが、よろしくお願いします

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。