わたしたち「愛の樹」グループ愛の会(愛の樹教会)と、フィリピン・クリオン島の関わりあいは約20年近く経ちます。

ハンセン病の隔離島として有名な、あのハワイのモロカイ島の、聖者と慕われた、ダミアン神父のハンセン病患者救済事業は世界中に感動を与えました。無償の愛の実践です†

また、インドのカルカッタのスラム街に単身、無一文で身を投げだし、道端で誰にも看取られず息を引き取る貧しい人々に愛の手を差し伸べた、マザーテレサはあまりにも有名です†

わたしたちはふと!したきっかけで、ハワイのモロカイ島と変わらない、むしろもっと酷い状況に閉じ込められた、フィリピン・クリオン島、ハンセン病患者の隔離島の実情を目の当たりにしました。

その時から始まった、支援活動記録の一端を、2006年12月25日にクリオン百年祭の貴重な記録として刊行しました。

この度、この貴重な記録が見直され、本日2010年1月29日第2刷として再版することになりました。

ペンパル・レターで生活をしてきた島の人々の生活は、困窮を訴える手紙による悲しい生活費の獲得手段を見直して、島の人々自らの尊厳を取り戻し、自立えの道を歩き始めました。

その蔭には黙って愛に身を投じた、無名の人々の貴い働きがありました。

忘れえぬ神の働き人でした。無償の愛を人知れず実践してひっそり、天に召されました。

クリオン百年祭の愛の記録は、その人々への「レクイエム→愛の鎮魂詩」感謝の報告書でもあります。

クリオンにいる弟子のエスピナは、彼の愛の行為に反感を抱く政敵に幾度も命を狙われ、暗殺の危険に身を晒しました。

さらに追い討ちをかけるように、重篤な心臓病に襲われましたが、奇跡の生還を果たしました。彼もまたハンセン病患者の環境の中で育ちました。

無一文から身を起こし数多の金権政治家、政府公認の市会議員候補者をしのいで、実質トップ当選を果たし、さらにパラワン州議会議員にも当選しました。

弱い人々の為に働き続けた原動力は神に与えられた「愛」でした。島にひとつしかなかったバランガイ→行政活動の最小組織を13か所に増やし、虐げられた人々の力になりました。

クリオン百年祭に寄せた彼の一文を記します。

クリオンの記念すべき百年祭に皆様をお迎えすることを真に喜ばしく感激の思いでおります。

また私自身にとって、公人としても、私人としても、この二度とない歴史的行事に加わる事ができます事は真の恩恵であり大きな喜びです。

ハンセン病患者隔離地区だったクリオンが現在のようなクリオン市へと大変身を遂げるとは、全く思っても見ないことでした。

体が震えるような感動を覚えます。

この記念祭は、過去をただ記憶するためでもなく、忘れようとするためでもなく我々が辿ってきた歴史を深く思い起こし、現在私達がここまでやってこられたことに対して、神への多大な感謝を捧げる時でもあると思います。

私達の精神に心に、過去と生き甲斐に満ちている現在とを共鳴させようではありませんか。

そこから、輝く未来への展望が大きく開かれことでしょう。子供達と共に輝かし未来を待ち望みましょう…。

フランシスコ S・エスピナ

クリオン愛の会会長

オショチとエスピナ氏

次回は、かれを推薦したマニラ在住の現フィリピン合同キリスト教会総主教エリエゼル M・パスクワ氏のメッセージを掲載します。

愛の樹オショチ†

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2件のコメント

  1. 有り難うございます。前のお返事も遅くなって申し訳なく思ってます。
    この度は再版との事喜ばしく嬉しいことです。神様のさししめした所へクリオンの方々を導いたと思うと何時も皆様のすごい努力に深い感動をおぼえます。

    春の日差しの中で良いお知らせ頂きました。

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