古代ギリシャ人は、人間性の究極を「真・善・ 美」に求めました。

人間性を昇華させて行き着いた終着点です。

ギリシャの神々には人間の憧れ、が作り出した様々な表情、彫刻を通して現代人に語りかけてきます。

ミロのビーナス、パルテノンの神殿など、人類史に残る生命の永遠性を求めた証が時代を越えて人々を惹き付けます。

現代人の前に古代への郷愁をかきたてます。

私は若い頃、密かに考古学に憧れましたが目の前の生活に追われて、諦めました。

古代人の生活に、また私の命は何処からきたのか?など、謎が知りたくてたまりませんでした。

西洋美術史に夢中になり、夜更けまで読みながら、古代の人々の生活の息遣いに触れようとしました。

建築家をめざしたのも、動機は西洋美術史が入り口でした。

わたしたち建築家が愛用した分厚い本があります。

建築家のバイブルと呼ばれた建築学便覧です。

数学から度量衡、気象、火葬場から飛行場 、港湾からホテル、宗教施設など網羅していました。

その中で、目が釘付けにされたのが教会建築の精密さでした。

大寺院の聖壇、聖人の彫像に心が奪われました。

なんとか頑張って果たせなかった古代学の片鱗に触れたい青年の情熱が全身にたぎっていたのです!

それが牧師の召命に、後年繋がりました。

神の御心は、はかりしれません。

確かに大宇宙には説明つかない現象が見られますが、ミステリーの世界こそ、神聖な神の領域なんですね。

ちっぽけな人間の知恵が届くのは、お釈迦様の手のひらの中止まり、と考えたほうが正しいのかもしれません。

我が国でも、古くは神武天皇の神話が歴史に記録され、この国の生い立ちに雄大なロマンを与えています。

大祭司の重要な役目を負われ、高千穂(宮崎県)の高峰にお立ちになり、この国の平安祈願から始まった国作りは、勇壮で神秘に満ちています。

母なる祖国の歴史を知らずして他にのめり込むにはまだ若い私なりに自分への抵抗感が芽生え苦しんだ時代がありました。

太平洋戦争(我が国では大東亜戦争と呼ばれた)日本の敗戦、戦後復興、この国は目茶苦茶にアメリカ政府の敵意剥き出しの犠牲になり破壊され、多くの尊い犠牲者が出ました。

犠牲者を出さなかった国民はいないはずです。

戦後復興の担い手を目指し建築家の道に入りましたが、好きな考古学との差に正直大きな戸惑いが生じました。

そこで西洋美術史と日本の建築史を並行して勉強しなおしたのでした。

若い情熱が推進力になりました。

キリスト様のしもべになる準備期間だったのです。

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