聖書を河川・海にたとえるならば、旧約聖書は、大海に流れ込む河川のようです。

イスラエル人ににらまれ、反発を買うかもしれませんが?

大小の河川が一つの大河となり、新約聖書の大海に注ぎ込む。

私のイメージです。

海は生命の源です。

あらゆる生命が、海を母体として誕生した、と言われています。

陸地に繁茂する植物まで含めると、生物の数は無数です。

旧約聖書の『創世記の天地創造の記述』は雄大の一語に尽きます。

神は御自分にかたどって人を創造され男と女に創造された。

神は彼らを祝福して言われた。

「産めよ、増えよ、地に満ちて、地を従わせよ。
海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」神は言われた。

「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。
それがあなたたちの食べ物となる。
地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう」
これは天地創造の六日目の神の御業です。天地創造は 七日目に終りますが後が大変です。

男・アダム(イシュ)

女・イブ(イシャー)

が、エデンの園で蛇の誘惑に負けます。

人類悲劇の発端です。

詳しい事は旧約聖書をご覧下さい。

創世記の後に続くモーセの書出エジプト記から申命記まで読むと、神の予言者モーセの苦悩が痛いほど分かります。

砂漠をさ迷い民族大移動の偉業の苦悩、困難の連続。

モーセは、エジプトのファラオ王の追撃を受けますが、神は夜は火の柱、昼は雲の柱を立て彼等ら道しるべになりました。

紅海の水を分けて、モーセ率いるイスラエルの民を救い出した出来事は映画『十戒』にもなりました。

民衆は危険が去ると身勝手な行為に走ります。

その行為を見かねた神は予言者モーセを神の山、シナイ山に導き出しあの有名な「モーセの十戒」を授けました。

旧約聖書の掟、 戒律が厳しいのは元はと言えば人間の罪です!

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